競争社会でへらへら笑って

司法試験という競争社会の中でもへらへらしてる受験生のブログ

四.京大ロー生徒然日記 いつのまにかテスト2か月前だゾの巻

題名を読んで、脳内でクレヨンしんちゃんが再生されましたね?

これが  メンタリズム  です。

 

ということで、どうも、あずめろです。

さて、コロナの辛さもすっかり忘れ、ただ休んでた分の授業予習復習債務(履行期限の合意なし)を履行していたらもう5月も終わりということになってました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

は???

いやいや、早すぎるよ。

もう入学して2か月??

授業は半分の7回を終えた??

行政法総論が終わった???(←これはガチでおかしい)

 

 

 

おかしいことだらけです。きっと四畳半神話大系のように我々は時計台のせいで時間を狂わされているのでしょう。そうでなければ話が合いません。しかしそうであるならば黒髪の乙女ならぬ丸メガネの乙女の1人くらいいなければおかしいのですからやはり時計台は関係ないのでしょう。

実は(書いていた当時の)本日(5/27)にテスト日程も配布されました。(west law の「お知らせ」欄の「休講・補講など」に書いてあります(なんで教務からのお知らせじゃないんだよ!!)

なんと2年生初テストの刑訴総合が7/26にあるのできっかり2か月ではありませんか!!!まじでおかしいです。

ということで、悲しいことに2か月後には血なまぐさい競争社会に突入してしまうのです。。。

が、楽しいこともありました!ので、そのへん含め徒然なるままに日記を書いていこうと思います。

ymki先生が神って話

ソク

さて、我らが1組の民法総合1はymki先生(本来はymmt先生ちと言いたいが同じような名前の先生がいらっしゃるのでご愛敬)が担当なさっているわけですが、7回も授業すると色んな意味で素晴らしさが伝わってくるわけです。最初は怖いのかな?とか思っていましたがそんなことは全くありません。むしろ神なのです。

というのも、まずソクラテス「優しい」。もちろんソクで他のどの教科よりも詰めてくるのでそういう意味では厳しいのです。

じゃあ優しくないじゃんって言われそうなのですが、実はあのソクって学生の解答を粘り強く待ってくれていると思うわけです。

本来的なソクって予測される問題の答えを言うんじゃなくて、思考方法を教えたり、理解していると思われる知識の荒を指摘することだと思うんですが、この点先生のソクはまさにそれをしてくれる。教科書に載っているようなことではなく(もちろん説明は深くしてくれますが)、むしろ規範をどのように使うかという考え方を教えてくれる(一緒に考えてくれる?)のです。

しかも素晴らしいのが、上述のように「待ってくれる」ところ。たぶん渋井丸拓男のようなカスの我々の解答を丁寧に導いてくれる先生、本当に神ではないか?と思うわけです。そういう意味での優しいです。

もちろん45分の延長という「損害」(平井説)はあるのですが、逆にそれだけ時間をかけてくださる、もうこれに感謝感激雨あられなわけです。

先生からみるとこれくらいアホに見えるのでしょう(先日シブタクを殺したことが月のターニングポイントであるとの考察がありましたがとても面白い考察ですね)

規範

で、もう一つ先生を神だと思った機会がありまして。。。それは「規範」についてのお話でございます。

先に先生の授業中の指摘(確か第1回にも第2回にも言ってたと思いますが)を言うと、

 

規範は条文ではない

 

というものでした。

あれ?もしかしたら「条文は規範ではない」だったかも🥺🥺🥺(ちゃんと覚えとけ!)。とにかくもこういう内容の説明だったわけです。

それを聞いたあずめろはこう思いました。

 

 

 

席は立っていません



 

いや素晴らしい。もう感激したわけです。

当然私の思想(理解?)に合致したわけです。私と言いましたが私オリジナルなわけではもちろんなくて、厳密には「私の理解している法の考え方」かもしれません。

というのも、そもそも法規範なるものは基本的に不文であるという理解であって、ただこれを明文化した結果として当該規範が条文に表れているだけだと昔から思っていたわけです。政策的に明文とすることで法規範となることもあるので、「基本的に」です。しかし、このような政策的な明文化も、そもそもの価値判断があるからこそ明文化の流れができるわけで、このような価値判断も「法規範」に含まれるのならやはりおよそ法規範なるものは不文が原則形態なわけです。

分かりにくいと思います(僕もニュアンスでしゃべってます)が、とにかく条文は規範を明文化したに過ぎないということを言いたいのです。

日本法では、特に司法試験受験生には、あんまりなじみがないというか反感を買いやすい考え方なのかもしれませんが、少なくとも私はこの考えなわけです。

というのも専攻()していた国際法では、そもそも慣習法の存在が法源として確立しているわけです。むしろ条約の方が(当事者間でしか拘束力がないという点で)国内法でいう契約類似で、イギリスの教授には国際法は慣習法のみであると言っている方もいるそうです(さすがに古の時代の見解だとは思いますが)。

国際法だからじゃないか、との反論もあるかもしれませんが、基本7法でも担保物件や商慣習、弁論主義、イギリスの不文憲法行政法における基本原則、公務の適法性、違法収集証拠排除法則など、著名な法規範(論点)でさえ明文化されずに、されど法規範として成立適用されているわけです。

こういう理由から上記考えを持っていたわけですが、これを明示的に、しかも繰り返し言ってくれる先生に初めて出会ったわけです(予備校の先生方の「規範は条文」はうんざりしてたわけです)。

もうこれは魅上照にもなりますよ。仰せの通りにですよ。

イメージ図(試験勉強もこうなってほしいものです)

ところで上記理解において条文が不要とか重要性が低いと言っているわけでもありません。不文が原則だとしても、それを(わざわざ)明文化した以上その規定、とりわけその文言を議論の中心に据えることは意図したものであるわけです。だからやはり条文がある以上は解釈の中心として、答案においても条文の文言を重要視するのは賛成なのです。

つまりは主張として「条文が規範」とか「条文がとにかく大事」とかは誤りというよりも厳密性を欠く主張であって、正しく?は

規範は条文ではなく不文が原則であるが、明文化されている場合には特にその条文・文言を重要視せよ

という感じが厳密な説明なのではないかな?と思っているわけです(いまいちキーワードとして書くのが難しい)(ニュアンスだけでも伝われ)。

ちなみに現代社会だと明文化されている方が多いので原則例外が逆になっていると言われればその通りですし、とりわけ経済関係の法律は詳細に規定されているので上記理解ではおかしくなりそうなのですが、そういう本格的な批判に対しては

「いやこれブログだから。何本気になっちゃってるの笑」と一蹴しておきます(嘘だよ、興味持った人ぜひおしゃべりして)

そういうわけで神なのだが・・・

さて、まあそういうわけで、私はymki先生が神だと思ってい「た」わけです。そう。「た」。

事件は第7回、私がコロナ明け初民法の授業の時です。

ソクられることは確定していましたので、それは良いのです。因果関係について聞かれました。経験則って単語が出てきませんでした。反省。

まあそれは良いのです、授業も終盤になってきたころに先生がおっしゃいました。

 

 

 

「あ、今日ソクを予定(通知)していた人が全員当たりましたね・・・・うーん。なんでもいいんですが。。。では2周目しますか。。。えーと。うーん。だれでもいいけど。。。じゃあ名簿順で。。。。あずめろくん。」

 

 

 

 

内心

2周目?許せません。権利濫用です。

名簿順??私、名簿では2人目だったんですが。信義則違反です。

アニメ魅上のように信念を信仰を貫き通すことはできませんでした。

画して来週からは先生が真の神なのか否か定めなければならないのです。。。

ikd先生の手の動きに注目してくださいって話

さて、他にも推しの先生がいます。私は小学校の時から先生をアイドル化して推活(おしかつ!)するのが好きなのです。

その推しの1人がikd先生。捜査法を担当なさっています。先生はソクが非常に優しく、解答を述べると大きくうなづいてくださいます。かわいい。僕は赤べこがすごく好きなのですが、その雰囲気があります(断じてばかにしているわけでは無い。)。

さて、そこも推しポイントなのですが、それ以外に実は隠された推しポイントがあるのです。

それは・・・・

 

スライドを適示するときに腕をぷんぷん振るしぐさ

 

です。

先生は前を見ているのですが、パワーポイントが先生の上のところに投射されています。ですので、先生はどの辺にあるか分からず腕を上に挙げてぷんぷんするのです。

これが、かわいい、のです(伝われ)。

以上(ちなみに友人も共感したのできっと京大ロー生の共通認識なのでしょう)

橋爪『刑法総論の悩みどころ』が神って話

お次は刑法をやっているのか哲学をやっているのかはたまた言葉遊びをやっているのか分からなくなる、あの刑法。

これは単純に橋爪刑法総論の悩みどころわかりやすすぎね??ってことが言いたいだけ。

ローの予習→授業→復習で橋爪って流れで勉強しているんですが、これが相乗効果となって素晴らしい。神ですよ(私は多神教者なのでいくら神が良いのです。ちょうど「俺の嫁」がたくさんいても良いのと同じです)。

ちなみに内容はむずいですよ、もちろんむずい。「悩みどころ」っていう割には悩ませに来てる感が否めないわけですが、それでも素晴らしい本です。脚注があるのも好きです。私は脚注がないと悲しんでしまう生き物なのです。

そういうわけで刑法で悩んでる皆さん、悩みどころを買いましょう(ステマ)。

ちなみにそれ以上に授業の事例問題が難しいのです🥺🥺

 

行政法早すぎるって話

神「本日(第6回目)で行政法総論は終了です。来週からは行政救済法を扱います。お疲れ様でした。」

 

 

 



 

私にはクラスメイトのはにゃ?が聞こえました。

え?言ってない?、、、はにゃ

(はにゃってなんだよ)(それよりもカリキュラムおかしいだろ)(それをこなす神もっとすげえよ)(ちょっとだけヨビノリたくみに似てると思ってるの俺だけか?)

民実課題むずすぎるって話

民実には今週まで課題がありました。あと1回残っているそうですが、ひとまずは今日で終わりです。

で、その課題ですが、、、

 

京大ローの民実課題は

 

「む、ず、か、し、す、ぎ、る!!」

 

今、大門未知子改め米倉涼子で脳内再生されましたね?

これが  メンタリズム  です。

 

どれくらいむずいかっていうと、

ジェバンニが一晩でやってくれました並に難しいです。

え?わからない?デスノート読め😡😡😡

これは推しのジェバンニ

今は第3回の講評まで終わったわけですが、毎回途中の説明から意味不明です。いや、説明はわかる。でも書きながら疑問点出てきたらもう終了。気づいた時にはわけわからんとこまで進んでいます。そんなわけなのに、先生がクラスで○○人は書けていましたというから驚きです。特に1人だけ書けてましたとか言われるとビビります。私はその方を秘密裡にジェバンニと呼んでいます。

ジェバンニがこのブログを見ているようでしたらぜひ教えてください。民実の課題の解き方を教えてもらい、ついでに一晩でデスノートを再現する方法も教えてもらいます。私は代わりにキラを倒せたのはメロのおかげでもニアのおかげでもなくジェバンニのおかげだということを教えてあげます(なーにが2人ならLを超えられる、だ。所詮お子ちゃまのくせに。)

 

私は毎回提出時に

こんな感じなんですが、

講評を書き終わった後に

こんな感じになります。

 

まぁそんなわけでとかくむずいわけです。本当にビビります。テストもやばいと思い絶賛勉強中なわけです。テストは枚数制限がないことを切に願います(でも先生優しいというか褒めてくれるからすき)。

idmkt先生を土下座させたって話

先日阪大ローの開示をしたんですが、嬉しいことに1位合格でした。首席です。首席(うへへ)。

まぁそれは良いとして、そんなわけでふざけたツイートをしたわけです。適当に。

そしたらなんと、日本刑法学の大家、idmkt先生が引リツしてくださったのです。

お!なんておっしゃってるのかなぁ・・・

 

!?!????これはどういうことでしょう。

なんと期せずして土下座させてしまいました。

当然これは土下座の強要罪(223条1項)の問題となります。実行行為(ツイート)と構成要件的結果(先生が土下座した)、そして因果関係が認められるわけですが、構成要件的故意が認められないので私は不可罰ということになります。よかったよかった。別にそんなけです。

そういえばski先生にも他のなんでもないツイートがいいねされていまひた。監視しているのです。ロー生を。怪しい言動をしていないかを。しかし私は気にしません。なぜなら権力に歯向かってこその法学徒だからでございます。

 

 

全然関係ないのですが私がユーザー辞書登録している、課題やってくれないかと言われた時に送る言葉を捨てておきます。

課題の代行は、アカデミズムの倫理が、これを禁ず。アカデミズムの腐敗を理由に、その禁じるところを敢えて行い得ると論じるは易し。但し、この論が成立するは、唯、その腐敗に無責任なる者のみなり。我、一介の大学生であるのみならず、アカデミズムに身を投じむとする者なり。自らがその腐敗に加担しつつ、何ぞその腐敗を憂いんや。我、自らの信義則に照らして、その申し出、受け入るること能わず。然るに、貴君の身辺事情も理解する所なり。故に、第三者に要請すること、良しと見受けらるる。

焼肉食べて発狂しかけたって話

さてはて、授業の話もひとまず終えてこっからはよりプライベートに。

先日、行政法総論終了パーティということで焼き肉を仲良くなったクラスメイトと食べに行きました。神抜きで神の慰労を讃えあったのです。

で、話題は色々変わりながらもわちゃわちゃしてたわけですよ。当然色恋話もあり、ロー生でも「学生」なんだなぁと実感していたわけです。

と、そしたら一瞬志望の話になり、ある子がこう言ったわけです「研究者も考えてる」と。

 

 

 

かー!!!!

 

 

おいおいおいおいおいおいおいおい!!!こんな近くに!友達に!研究者志望おるんかい!!!

心の中で小躍りしてました。場所が場所なら踊っています。

 

そしたら別の子が、「おーええやん。俺もリサーチペーパーとか書きたいんよなぁ」

 

かー!!かー!!

 

信じられません3/5人が研究者を考えているのです。こんなこと信じられますか??信じられません。予見不可能です。結果回避不可能です。

 

で、まぁ私も法哲学だけどめっちゃ実体法よりの法解釈学とかやりたいねぇって言ったんですよ。例えば?って言われたんで、解釈方法とか、あとは一般法の信義則とか類推解釈とか色々あるよって言ったんです。

で、知らないと思いながらも、ymki先生も最近そういう本、『法解釈の方法論』ってのを出してねって言ったんです。

そしたらね、友達がね

 

 

「『そこに統一理論はあるのか』でしょ?」

 

 

と言ったわけですわ。

 

 

かー!!!かー!!!!かー!!!ふぁーーー!!!!!!!!!うひょー!!!!!!!!!!!!

 

内心



はぁはぁ(息切れ)。

もうね、心底京大ローでよかったなと思った次第です。もちろん今のところ交友関係も授業も設備も一人暮らしもほぼ満足してるんです。

でもね、こんな、こんなことって、ないよ🥺🥺🥺(号泣)

嬉しすぎるよ😭😭😭😭😭しかも僕より詳しそうだし。

マジで嬉しいですね。嬉しすぎて吉田神社で裸で踊ってしまいます。

 

上のはどういうことかというとその法解釈の方法論の帯の決めフレーズなわけです。そんなことまで知っているのは変態だけです。変態が両隣にいたのです。発狂しないわけないわけです。

というわけでみなさん。法解釈学勉強していきましょう。

 

え???興奮してる理由が全くわからない??それは困った。共感してもらいたい。。。。

あずめろ考えました。デスノートだとこのシーンに匹敵します。

こんなシーンや

こんなシーンや

こんなシーンと構成要件的同価値性があるということです。

伝わったようで何よりですね。

ついにクラス会が開催されるって話

で、その焼き肉ぱーてぃでクラス会をしたくない?って話になりこれまた別の友人が主催してくれることになりました。ありがたやありがたや(お前も企画しろ)

先日クラスラインにも投稿されある程度の参加者が揃ったわけです。

さて、で、その時に、友人がクラスラインに投稿したらすぐにいいねしようという話になったわけです。反応なかったら悲しいもんね。そりゃそうだよ。

で、僕はこの時スタンプを押すものだと思ったわけです。

そして友人がクラスラインに投稿した瞬間に、我がマイメロスタンプの「いいね」を送ったわけです。

おや?他の焼き肉メンバーはいいねしないのか??と思ったら、なななんと、「ノート」の出欠欄に反応してるじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪です。まだ知らない人も多いクラスラインで1人だけマイメロスタンプを送る(しかも間髪入れず)異常者になってしまいました。

これのせいで飲み会に参加しない人が5人はいるでしょう。ぁぁ。やってしまった。

 

ということで、クラス会参加者増加とクラス会にて弁明の付与がさせることを祈りながら、クラス会開催を待ち遠しにしている今日この頃です。

おわりに

なんで今日はデスノートたくさんなのかって?

渋井丸拓男がTwitterでバズってたからですよ。

シブタク、こいつがいなかったら月もおめめまん丸のまま生涯を終えていたかもしれないのに。。。

お勉強しているロー生の心に住んでいるもう一人のロー生

あといつもいつも思うんですがこういう漫画のコマを使うのって著作権的に良くない気がするんですよねぇ(収益化してないとしても)。でもネットミームとして使うのは結構広く許容されているじゃないですか。デスノートとかミームの大御所なところあるんですけどこれはどうなんですかね?

 

 

え??もしかして「法」の話じゃなくて「道徳」の話??

もしかして「リーガル・モラリズム」のこと???

 

おっと話がそれてしまいました。それはまた別の機会に。

 

それでは。

 

ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ

 

使いどころがなかった松田が撃ってきたときだけ使える画像を供養しておきます。